「最近の若手は、やる気がない」「指示しても、なかなか動かない」
しかし、私はいつもこう問い返します。「その『やる気がない』という判断、本当に正しいでしょうか?」
実は、人が「動かない」のは、やる気の問題ではないことが、近年の脳科学・心理学の研究で明らかになっています。その理由を理解した管理職は、部下を「動かす」のではなく、「自ら動きたくなる状態」を作ることができるようになります。
「やる気がない」という言葉の罠
「うちの部下、やる気がない」──この言葉は、便利すぎる判断停止のサインです。「やる気」という曖昧な言葉で結論づけてしまうと、なぜ動かないのか本当の理由を探さなくなり、管理職としての関わり方を見直さなくなり、「部下の問題」で思考が止まってしまいます。
「動かない」という結果には、必ず原因があります。そしてその原因の多くは、部下のやる気ではなく、人間の脳の仕組みにあるのです。
行動変容の脳科学:人はなぜ「動かない」のか
人間の脳には大きく分けて、「考える脳」(前頭前野)と、「感じる脳」(大脳辺縁系)があります。行動を起こす意思決定は本来「考える脳」が担っています。しかし、何らかの心理的脅威やストレスを感じると、「感じる脳」、特に扁桃体が警報を発し、行動にブレーキをかけます。つまり、人が動かないのは怠惰だからではなく、脳が「動かない方が安全」と判断している結果なのです。
部下が動かない、3つの本当の理由
理由1:目的が腑に落ちていない
人間の「考える脳」は、「これは自分にとって意味がある」と感じられないと、動こうとしません。上司から「これをやっておいて」と指示されても、なぜそれが必要なのか、自分の役割や成長とどう繋がるのか、やった結果何が変わるのかが伝わっていないと、脳は「動く理由」を見いだせません。
理由2:行動の「最初の一歩」が大きすぎる
「企画書を作っておいて」「新規開拓やってみて」──こうした指示の多くは、部下にとって「最初の一歩」が大きすぎるのです。脳は不確実性が高い状況、何から始めればよいか分からない状況を「脅威」と認識します。すると扁桃体が警報を発し、行動の代わりに「先延ばし」「言い訳」が出てきます。これは意志の弱さではなく、脳の防衛反応です。
理由3:失敗時の心理的安全性がない
「失敗したら叱られる」「ミスしたら評価が下がる」──こう感じている部下は、行動を起こすこと自体に恐怖を感じます。扁桃体が「これは危険だ」と判断すれば、考える脳の働きは抑制され、動けなくなります。心理的安全性のない職場では、人はそもそも動けないのです。
動かす管理職の3つの実践
実践1:WHY を共有する(前頭前野を働かせる)
指示を出す前に、「なぜ、これを、あなたに、頼んでいるのか」を、ひと言だけでよいので伝える。会社全体の中での位置づけ、なぜあなたに頼むのか、やった結果どう貢献するのか。これだけで、部下の「考える脳」が動き始めます。指示は同じでも、受け取り方がまったく変わります。
実践2:スモールステップで設計する(成功体験で報酬系を活性化)
「企画書を作る」ではなく、「まず参考になりそうな資料を3つ集めてみて」と分解する。人間の脳は、小さな成功体験を積むたびにドーパミンを放出し、「次もやりたい」という意欲を生み出します。最初の一歩が小さいほど、行動が始まりやすくなります。「丸投げ」ではなく「最初の一歩を一緒に設計する」関わりが、現代の管理職には求められています。
実践3:失敗を歓迎するメッセージ(扁桃体の警報を解除する)
「失敗しても大丈夫」と口で言うだけでは、部下の扁桃体は安心しません。過去に失敗した部下に対する、上司の振る舞いを、周囲は見ています。失敗した部下を責めずに原因を一緒に振り返ったか、「次はこうしよう」と前向きに変換したか、失敗を公の場で叱責しなかったか──こうした日々の振る舞いが、職場の心理的安全性を作ります。
おわりに:「動かない部下」は、いない
「動かない部下、というラベルを貼った瞬間に、思考が止まります。動かない理由を脳科学的に理解した瞬間、関わり方が変わります。関わり方が変われば、部下は動き始めます。」
部下を「動かす」のではなく、部下が「動きたくなる」状態を作る。これが、心理学・脳科学に基づいた、これからの時代のマネジメントです。「やる気の問題」と片付けていた多くのケースは、実は管理職の関わり方を変えるだけで、劇的に改善します。研修現場で、そんな変化を何度も目撃してきました。
