「うちはハラスメントなんて起きませんよ。社員同士、仲がいいですから」

経営者の方からこうした言葉を聞くたびに、私は内心、強い危機感を覚えます。「うちは大丈夫」と言い切れる会社ほど、ハラスメントが見えていないだけ、というケースを何度も見てきたからです。

中央省庁から上場企業、医療機関まで、ハラスメント防止研修で多くの組織と関わってきた経験から、断言できることがあります。本当にハラスメントが起きていない会社は、「うちは大丈夫」とは言いません。

なぜ「大丈夫」と思っている会社ほど、見えていないのか

人間の脳には確証バイアスという性質があります。「自分の信じたいことを裏付ける情報を集め、反対の情報は無意識に無視する」という認知の癖です。

「うちは大丈夫」と思っている経営者は、社員から「問題ありません」という報告を受けると、それを安心材料として受け取り、反対の情報(不穏な噂、退職者の本音)は「特殊なケース」と処理してしまいます。これは、経営者個人の人格の問題ではなく、人間の脳の普遍的な仕組みです。

経営者が「大丈夫」と発信し続ければ、現場の社員はますます本当のことを言わなくなる。「大丈夫だと思いたい経営者」と「本当のことを言えない現場」の悪循環が、そこに生まれます。

ハラスメントが起きる組織の、3つの共通点

共通点1:経営者・幹部の声が大きすぎる

経営者や幹部の発言力が強すぎる組織では、現場社員は「違う意見」を出しづらくなります。会議で意見が出ない、役員会議の決定にいつも全員が同意する、「社長の鶴の一声」で物事が決まる──こうした組織では、ハラスメント的言動が起きても、現場は「指摘してはいけない」と感じ、声を上げられません。

これは、近年マネジメント領域で重要視されている「心理的安全性」が低い組織の典型的な姿です。やがてそれが組織の「当たり前」になっていきます。

共通点2:社員アンケートで「問題なし」が出る

定期的に従業員満足度調査やストレスチェックを実施しても、「問題なし」の結果ばかり出る組織は、要注意です。匿名アンケートで「問題なし」が出るのは、本当に問題がないか、本当のことを書くのが怖いと感じているか、のどちらかです。多くの場合、後者です。

「うちは満足度高いです」と胸を張れる組織ほど、「言えない空気」が存在している可能性を疑うべきです。

共通点3:相談窓口が機能していない

相談窓口を設置していても、相談件数がほぼゼロの企業は多くあります。社員が相談しないのは、相談しても解決しないと諦めている、相談したことが上司にバレて不利益になることを恐れている、そもそも相談窓口の存在を知らない──これらのどれかです。

「相談ゼロ」は「健全」のサインではなく、「機能していない」のサインと疑うべきです。

経営者が今すぐすべき、3つの実践

実践1:自分の周りに「都合の悪い情報」を伝える役を置く

Practice 01

経営者の周りには、自然と「機嫌を損ねない情報」しか上がってこなくなります。これを意図的に打ち破る仕組みが必要です。

  • 人事責任者に「悪い話を月に1回は必ず報告してほしい」と依頼する
  • 外部のコンサルタントやカウンセラーから、客観的な視点を定期的に聞く
  • 退職者インタビューを実施し、本音を聞く

経営者自身が「都合の悪い情報を歓迎する姿勢」を示すことで、初めて情報が上がってくる組織になります。

実践2:相談ルートを「複線化」する

Practice 02

社内の相談窓口だけでは限界があります。社内・社外、対面・匿名、人事・第三者といった複数のルートを用意することで、社員は自分が安心できるルートを選べるようになります。「ハラスメントゼロ」を目指すのではなく、「相談しやすい組織」を目指す。これが現代の経営者の姿勢です。

実践3:経営者自身が「受ける側」の研修に参加する

Practice 03

ハラスメント研修を「社員にやらせる」ものと捉えている経営者は多いですが、最も研修を受けるべきは経営者本人です。組織で最も立場の強い経営者が、「自分の発言が現場にどう受け取られているか」「無意識のうちに圧力になっていないか」を学ぶことが、文化を変える起点になります。「私はフラットに接している」と思っている経営者ほど、研修で多くの気づきを得られます。

おわりに:ハラスメント対策の本質は「心理的安全性」である

ハラスメントは、人事課題ではなく、経営課題です。ハラスメントが起きる組織は、優秀な人材から順に離職し、訴訟リスクを抱え、心理的安全性が低く、結果として企業価値が中長期的に毀損します。

ハラスメント対策の本質は、罰則やルールを厳しくすることではありません。「ここでは安心して意見を言える」「失敗しても大切にされる」という心理的安全性を、組織にどう根づかせるかという問題です。

「うちは大丈夫」と言える根拠は、本当にありますか。その「大丈夫」は、誰の目線から見た「大丈夫」ですか。この問いに、現場の社員の言葉で答えられる経営者は、実は多くありません。

私が確信していることがあります。ハラスメントが起きない組織は、経営者が「うちは大丈夫」と油断せず、心理的安全性を組織のキーワードとして継続的に投資し続ける組織だ、ということです。