「ストレスチェックは、毎年ちゃんとやっています」

しかし続けて私はこうお尋ねします。「では、結果を経営会議で議論されたことはありますか?」

実はこの「やりっぱなし」の状態こそが、企業に深刻なリスクをもたらします。22年の企業人事経験とEAP導入支援、産業カウンセラーとして見てきた現場から、経営者が知るべき本質をお伝えします。

ストレスチェック制度の「本当の目的」を見失っていませんか

ストレスチェック制度の本来の目的は、「高ストレス者を見つけること」ではなく、「職場環境を改善すること」です。これは厚生労働省のガイドラインにも明記されています。

しかし、現場では次のような運用になっていることが多い。

「実施=義務達成」というゴール設定になっていて、その先の「組織改善」に踏み出せていないのです。

やりっぱなしが生む、3つの見えないリスク

リスク1:高ストレス者の早期離職

ストレスチェックで高ストレス判定が出ても、面談を希望する人はわずか1割前後と言われています。残り9割は、声を上げずに静かに我慢を続けるか、ある日突然辞めていきます。

「面談に来ない人こそ、最も離職リスクが高い」──これは現場で多くの企業を見てきた実感です。優秀な人ほどプライドが邪魔をして面談を希望しません。気づいた時には退職届が出ている。中途採用コスト・引き継ぎコスト・暗黙知の流出を考えれば、その損失は1人あたり数百万円規模になります。

リスク2:メンタル不調者の発生コスト

ある企業で実施された調査では、メンタル不調で1年間休職した社員1人にかかる企業コストは、その社員の年収の約2倍にのぼることが明らかになっています。

年収500万円の社員が1人休職すれば約1,000万円、年収800万円の社員なら約1,600万円が、企業の隠れた負担として発生する計算です。このコストの内訳は、

ストレスチェックの結果を放置することは、こうしたコストを「予防できる機会」を毎年自ら手放していることになります。

リスク3:安全配慮義務違反のリスク

最も経営者が見落としがちなのが、法的リスクです。

万が一、メンタル不調による休職・退職・最悪のケースで訴訟になった場合、「ストレスチェックは実施していたが、結果を活用せず放置していた」という事実は、企業の安全配慮義務違反として極めて不利に働きます。

「実施していなかった」よりも、「実施していたのに対応しなかった」方が、責任が重く問われることもあるのです。

「やる」べきこと──3つの処方箋

処方箋1:集団分析の結果を経営会議で議論する

Prescription 01

部署別・職種別のストレス傾向を、人事マターではなく経営マターとして扱ってください。どの部署のストレス値が高いのか、その背景にある業務・組織課題は何か、半年後・1年後にどう改善されているべきか。経営層が数字を見て「で、どう改善する?」と問うだけで、組織は動き始めます。

処方箋2:高ストレス部署のマネジャーに個別フィードバック

Prescription 02

高ストレス値が出た部署のマネジャーには、結果を共有し、現場で起きていることを丁寧にヒアリングしてください。マネジャー本人が原因とは限りません。業務量・人員配置・顧客対応など、構造的な要因が背景にあることがほとんどです。責めるのではなく、「一緒に改善策を考える」というスタンスで関わることが、マネジャーの当事者意識を引き出します。

処方箋3:管理職全員にラインケアの基礎を装着する

Prescription 03

部下のメンタル不調サインに気づき、早期に対応できる管理職を育てることが、最大の予防策になります。ラインケア研修は、知識を入れて終わりではなく、

  • 自部署の事例で考えるワーク
  • 上司として「やってはいけない対応」の共有
  • 産業医・人事との連携フローの理解

までを設計することで、現場で機能する力になります。

おわりに:ストレスチェックは「組織の健康診断」

健康診断で異常が見つかったのに、何もしない人はいません。にもかかわらず、組織の健康診断結果に対しては「やりっぱなし」になっている企業が非常に多いのが現実です。

ストレスチェックの結果は、組織からの早期警告です。これを活かせる企業と、活かせない企業の差は、5年後・10年後の組織の健全性に大きく現れます。

私自身、22年の企業人事経験のなかでEAP(従業員支援プログラム)を社内に導入し、メンタル不調者の予防・早期対応から休職・復職・回復までの体系的な支援体制を構築してきました。その実践知を、現在は研修・組織開発支援という形で多くの企業にお届けしています。